復審及び無効審判における特許出願で補足提出された実験データに対する審査について
時間: 2023-11-29 弁理士 張英 アクセス数:

補足提出された実験データに関わる問題は、特許出願審査・復審(拒絶査定不服審判)と無効審判のいずれにおいても直面しなければならない問題となっている。特許審査の実践経験と特許審査指南の改正内容1,2のいずれにも、実験データの補足提出に関わる内容が言及された。さらに、2020年9月12日から施行された『最高人民法院による特許の権利付与・権利確定をめぐる行政案件における法律適用の若干問題に関する規定(一)』3には、「医薬品特許出願人が出願日の後に補足で実験データを提出し、そのデータに基づいて特許出願が特許法第22条第3項、第26条第3項等の規定に適合していることを証明できると主張する場合、人民法院はこれを審理しなければならない。」


2023年5月30日に発表された北京知識産権法院による特許の権利付与・権利確定に関わる十大典型事例における事例一(名称:医薬品特許の進歩性判断における補足提出された実験データの審査 案件番号:(2018)京73行初2626号)において、原告の泰拉科斯薩伯有限責任公司は、特許出願の復審における被告の元国家知識産権局特許復審委員会が下した審決第130866号を不服として、法定期間内に訴訟を提起した。


一、事例一4

本件の争点は、請求項6の進歩性の判断において、明細書に記載されたSGLT2阻害効果を考慮すべきか、すなわち、原告が当該技術の効果を証明するために補足した実験データは認められるべきかということである。本件特許の請求項6には、粉末 X 線回折パターンに基本的に図2に従うピークがあることを特徴とする(2S,3R,4R,5S,6R)-2-(4-クロロ-3-(4-(2-シクロプロポキシエトキシ)ベンジル)フェニル)-6-(ヒドロキシメチル)テトラキス水素-2H-ピラン-3,4、 5-トリオール・ビス(L-プロリン)複合体の一つの結晶形態であることが限定されている。当該化合物におけるベンジル基の置換基は4-(2-シクロプロポキシエトキシ)であるのに対し、引用文献1に記載の化合物における対応する基は4-エトキシであり、この相違点によって、当該2 つの結晶複合体の粉末 X 線回折パターンもそれぞれ異なるようになっている。


原告は下記のように主張した。被告の審決では、引用文献1に開示されたクリスタリンコンプレックス Ihと比べて、本件出願の請求項6の相違点は「当該化合物におけるベンジル基の置換基は4-(2-シクロプロポキシエトキシ)であるのに対し、引用文献1に記載の化合物における対応する基は4-エトキシであり、この相違点によって、当該2 つの結晶複合体の粉末 X 線回折パターンもそれぞれ異なるようになっている」点にあると認定した。しかし、上記相違点に基づいて、被告の審決には本件出願の実際に解決しようとする課題の判断はなかった。本件出願の明細書には、本件結晶複合体はSGLT2阻害剤であることが明確に記載されている。原告は、復審段階で添付書類1を提出した。その出願書類には化合物の SGLT2 阻害作用に対応する実験データが記載されている。また、その出願日は本件出願の優先日よりも早く、公開日も本件出願の公開日よりも早い。本件出願の複合体は、水または他の体液中で親化合物に解離するため、親化合物の技術的効果が化合物の技術的効果を決定する。引用文献1は、式1の化合物の特定の位置の置換基を本件出願の置換基で置き換えてもなおSGLT2阻害効果を有することを教示しておらず、また、置換された複合体が結晶形態で得られることも教示されていない。よって、本件出願の請求項6は、引用文献1に対して進歩性を有する。


法廷での反対尋問の結果、北京知識産権法院は次のように判断した。歩性の判断において考慮される技術的効果は、通常、十分な開示の要件を満たすものであるが、明細書に記載されているが技術的貢献ではない技術的効果については、対応する実験データの記載を怠ったからといって必ずしも当該発明が特許法に規定の十分な開示の要件に違反するわけではない。この効果は進歩性の判断において実際に解決しようとする技術課題になる可能性があるため、この際には出願人が補足的に提出した実験データの認定に関わる。この場合、補足提出された実験データが認められるか、即ち、明細書に記載された技術効果が単なる断言であるのかは、その技術効果が出願人の係争対象発明の「出願日」以前の技術的貢献に属するかどうか、および係争対象発明を知ったとき公衆がその効果を確認できるかどうかによるものである。



本件出願の請求項6には、化合物の結晶形態が限定されており、その技術的貢献は結晶形態にある。原告が補足提出した実験データは、SGLT2阻害効果が結晶形態の技術的効果ではなく、化合物の技術的効果であることを証明するものである。当該技術的効果は明細書に言及されたが、明細書に記載されている技術的貢献ではない。したがって、当該効果が進歩性の判断において考慮されるべきかどうかは、原告が提出した実験データを含む関連証拠が、当該効果が原告の本件出願の出願日以前の技術的貢献であることを証明できるかどうか、また公衆が本件出願の内容を知ったとき当該効果を確認できるかどうかということによるものである。


添付ファイル1は先行特許出願であり、その出願人は本件の原告でもあり、本件で争点となっている SGLT2 阻害作用は親化合物に由来するものである。添付ファイル 1 のデータは、IC50 < 1μM で、SGLT2 に対して選択的阻害効果を持つ強力な SGLT 阻害剤であることを示している。添付ファイル 1 は本件出願の先行技術ではないが、その出願人が原告でもあり、その出願日が本件出願よりも早いため、当該証拠は、原告が本件出願の出願日より前に本件出願における化合物の SGLT2 阻害作用を既に実験により検証したことを証明できる。さらに、本件出願のSGLT2阻害作用はその化合物に由来するものであるため、結晶形態の変化によってSGLT2阻害作用が変化することはない。したがって、当該証拠は、本件出願に記載されたSGLT阻害作用が断言ではないことを証明することができる。本件出願の請求項 6 の進歩性を判断する際に当該技術効果を考慮しても、原告は出願日前に行った技術的貢献を超える保護を得ることができない。添付ファイル 1 の公開日も本件出願の公開日よりも早く、即ち、公衆が本件出願を知った時点で添付ファイル 1 は既に公開されており、また本件出願の化合物が SGLT2 阻害作用を有することが確認されているため、添付ファイル 1 の実験データを認めても、公衆利益を損なうことはない。


被告は、その審決では、添付ファイル1を認めなかった。本法院は、これを是正する。


二、その他の事例

上記の事例一に加えて、近年の復審および無効審判においても補足提出された実験データに関わる事例が出てきたので、次に、いくつかの事例を挙げて紹介する。


1.事例二5

本件は、無効請求人である北京曼森科技有限公司が特許番号201180021595.3に対して提起した無効審判事件(無効決定番号40433号)であり、対象特許は全て無効とされた。


無効審判において、無効請求人は、請求項1~40の進歩性を評価するために証拠 1~6の組み合わせを提出し、請求項 1~40 が全て無効であると宣告されるようと請求した。


特許権者であるアントワーヌ・トゥレスは、無効審判で反証1~2および意見書を提出した。そのうち、反証1は、特許文献WO2013061309A2の公開公報であり、対象特許の技術案が先行技術証拠1に最も近い技術案よりも優れた効果を有することを証明することを目的としたものであり、進歩性を証明するために提供した対比証拠である。したがって、必ずしも先行技術に属するわけではなく、合議体に受け入れられるべきである。


審理の結果、合議体は反証 1 の真実性を認めたが、反証 2 の真実性を認めなかった。


対象特許の請求項1:

創傷修復剤組成物、組織修復剤組成物、接着剤、生物学的接着剤、機械的支持体または充填材を調製するための方法であって、前記方法は次のステップを含む。

a) 全血をヒアルロン酸の入ったチューブに採取する。

b) 前記チューブを遠心分離する、そして

d) 前記ヒアルロン酸と前記多血小板血漿を含む上清を収集する。


下記、独立請求項1の進歩性に対する評価のみを検討する。


この合議体は次のように認定した。使用の利便性、血小板や赤血球の含有量等に関して、証拠1の方法も簡易かつ迅速であるという特徴を有しており、あるいは証拠1には関連内容が開示されている。対象特許には血小板収率が記載されておらず、反証1の記載と合わせても、HA+PRP組成物の血小板回収率がPRPよりも低いことが分かるだけであり、本発明の方法により比較的高い血小板含有量と比較的低い赤血球含有量を得たことは証明できない。後行に開示された反証1の実施例に記載された内容は、対象特許が優先日以前から既に前記効果に着目し検証したことを証明できなく、特許権者が主張する前記効果は、発明の実際に解決しようとする技術課題と進歩性を判断・評価するための事実根拠とすることはできない。


要約すると、出願書類の記載内容と既存の証拠に基づいて、HA+PRP の組み合わせが PRP よりも優れた技術的効果を有することは確認できないため、上記の区別的特徴を踏まえ、効果分析と組み合わせることで、請求項1が証拠1に対して解決しようとする技術課題は、活性効果が同様であるHAおよびPRPを含有するもう一つの組成物の調製方法を提供することである。区別的特徴について、証拠 4、証拠 2 および/または証拠 3 には、それぞれ請求項 1 の区別的技術的特徴が開示されている。したがって、対象特許の請求項 1 は、証拠 1-4 に対して進歩性を有していない。


上記事例二において、特許権者が反証1として提出した実験データの一部は、特許権者が証明しようとしていた技術的効果を証明できない、或いは、その反証1の実施例に記載された内容は、対象特許が優先日以前から既に前記効果に着目し検証したことを証明できないため、合議体に認められなかった。言い換えれば、換言すれば、特許権者が無効審判において提出した実験データは、特許出願に開示された内容から当業者が得ることができる補足実験データによって証明された技術的効果には属さないとみなされた。したがって、補足的な実験データは合議体に受け入れられず、採用されなかった。


2.事例三6

この訴訟は、2020年4月20日に北京知識産権裁判所が下した(2017)京73行初5493号行政判決に対して上訴人(原審の原告および特許出願人) 阿佩普蒂科研究と開発有限責任公司が提起した上訴事件である。


復審において、阿佩普蒂科公司は引用文献に関する実験データを補足的に提出した。阿佩普蒂科公司は、対象特許の明細書におけるデータと対比するために、審査官が引用した先行技術に最も近い引用文献1に公開されたインフルエンザウイルス感染による肺炎の治療におけるAP301ペプチド単独の使用に関わる実験データだけを補足し、このような補足データは我が国の審査慣行および司法慣行に準拠しており、認められるべきであると主張した。一方、上訴人の特許復審委員会は原審で、阿佩普蒂科公司が補足した実験データによって証明された技術効果は、対象特許出願に開示された内容から得られないため、その実験データは対象特許が予想できない技術効果を達成したことを証明できないと抗弁した。


却下する決定の対象である請求項1:

組成物であり、- 7〜17個の連続したアミノ酸からなり、X1、X2および身体結合活性のそれぞれが環化されている六量体TX1EX2X3Eを含むペプチド、と

-ウイルス性ノイラミニダーゼの阻害剤、とを含む。


阿佩普蒂科公司は拒絶査定を不服として、特許復審委員会に復審請求を提出した。その後、特許復審委員会は被告の決定を下し、対象特許出願の請求項 1 ~ 23 は全て進歩性を有していないと認定し、上記拒絶査定を維持した。


そして、阿佩普蒂科公司は被告の決定を不服として、原審法院に行政訴訟を提起した。原審法院は審理を経て、次のように判決を下した。この訴訟の争点は、対象特許出願の請求項 1 ~ 23 が進歩性を有するかどうかということにある。判明した事実に基づいて、阿佩普蒂科公司は、被告の決定において認定された請求項1と引用文献1の区別的特徴を承認した。引用文献2には、ウイルスノイラミニダーゼ阻害剤であるザナミビルまたはオセルタミビルがインフルエンザの予防および治療において重要な役割を果たすことが開示されている。当分野の常識によると、ペプチドとウイルス性ノイラミニダーゼ阻害剤の併用には技術的な障害はないため、原審法院は阿佩普蒂科公司の主張を支持しなかった。


A型インフルエンザに対する単一ペプチドAP301の効果は、本件特許出願の明細書には反映されておらず、補足実験データにのみ記載されている。即ち、補足実験データで証明しようとする技術的効果は、特許出願の開示内容に反映されていない。被告の決定における請求項1が進歩性を有していないという認定は正確であり、一審法院はこれを維持した。


本件二審において、阿佩普蒂科公司は、請求項1に記載の組成物が予期せぬ技術的効果を達成したと主張した。即ち、構成要素のペプチドと構成要素のウイルスノイラミニダーゼ阻害剤は相乗効果を有し、組み合わせの治療効果は、2つの構成要素の個別の治療効果の合計を超えている。


二審法院は、ペプチドAP301は既知の物質であり、肺炎またはウイルス性肺疾患の予防および治療効果を達成できると判示した。明細書にはウイルス性肺疾患を治療するためにペプチド AP301 を単独で使用した場合の実験データと効果が開示されていない場合、対象特許出願の明細書に記載された試験的な状況は、請求項 1 に保護されている組成物がペプチドの相乗効果により「ノイラミニダーゼ阻害剤の効果を驚くほど向上させる」という予想外の技術効果を達成したことを証明することはできない。


よって、阿佩普蒂科公司が提出した補足実験データは、対象特許出願の明細書に開示された内容を超えており、認められるべきではない。


三、補足提出された実験データが認めれる基準

以上の事例からわかるように、無効審判/復審において提出された補足実験データが認められるかどうかの判断基準として、補足実験データの採用が公衆利益を害するものではなく、出願人/特許権者出願人がその技術的貢献を超える保護を受けるようになるものでもないということである。


具体的には、事件一の復審で提出された補足実験データは、上記の判断基準を満たしているため、一審法院に採用された。事例二の無効審判において、特許権者が提出した補足実験データは、後行に公開された反証1に記録された内容が対象特許が優先権日の前に既に関連する効果に注目し確認したことを証明できなかったため、国家知識産権局に認められなかった。したがって、発明の実際に解決しようとする技術的課題を判断し、進歩性を評価するための事実的根拠として使用することはできない。事例三の復審で提出された補足実験データが認められなかった理由は、特許出願の開示内容からは補足実験データが示す技術的効果が得られないためである。


四、出願書類の作成への示唆

上記事例三において、二審法院は、特許出願人による補足実験データの提出が本質的ににその特許出願書類に対する修正であると明確に判断した。先願主義では、出願人が先願の機会を不当に掴んだり、出願日以降に完成した発明や創作について、先の出願日の利益を不当に得たりすることを防止するため、特許法第 33 条には、出願人はその特許出願書類を修正することができるが、その修正は当初の明細書および特許請求の範囲に開示された範囲を超えてはならないという制限が規定された。


上記の事例分析に基づいて、筆者は、実験データとその証明された効果などを含む、元の出願書類に記載された内容が、その後の出願書類の修正の基礎となること、明細書の公開内容が完全な開示の要件を満たしており、請求項が先行技術に対して進歩性を有していること証明する基礎となることを特許出願人に知らせようと考えている。特許出願人が出願日の後に補足的に実験データを提出する場合、国家知識産権局はその補足提出された実験データを審査すべきであると明確に規定されているが、「補足実験データの採用が公衆利益を害するものではなく、出願人/特許権者出願人がその技術的貢献を超える保護を受けるようになるものでもない」という要件を満たさないと、当該実験データは認められない。


無効審判請求人にとって、補足実験データを反証として提出する場合が多い。但し、その補足実験データが方式要件を満たさなければならず、証明すべき事実を多面・角度から証明・検証しなければならないため、その反証として提出された補足実験データは、通常、認められる可能性が低いと思われる。




1.(2018)京73行初2626号行政判決書

2.国家知識産権局2017年第74号令

3.国家知識産権局2020年第391号令

4.2020年09月12日から施行された『最高人民法院による特許の権利付与・権利確定をめぐる行政案件における法律適用の若干問題に関する規定(一)』

5.無効決定番号が第40433号である特許無効宣告決定書

6.(2020)最高法知行終297号行政判決書

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