技術課題の認定が進歩性判断に対する影響
時間: 2020-02-17 沈丹陽 アクセス数:

前書き

 如何に技術案が解決しようとする技術課題を認定するか?技術課題に対する認定に齟齬がある場合、進歩性判断に如何なる影響を及ぼすか?

 

 進歩性判断の「三ステップ法」において、先ず、当該出願の技術案における「区別技術的特徴」(相違点)を確定し、そして、その区別技術的特徴が当業者にとって「明らかで容易に想到できる」か否かを判断する。引用文献には、当該出願と同じ技術課題を解決する技術案が開示されているので、当業者がこの引用文献から当該出願の技術案の技術示唆を得られる場合、当該出願の技術案が「明らかで容易に想到できる」ことに該当し、進歩性を有していない。

 

 但し、当該出願と引用文献の技術案が解決する技術課題に対する認定に齟齬がある場合、進歩性に対する判断も齟齬が生じる。

 

事例

 本願に係わる技術案:基準排出量により基準ガス排出信号を作成し、基準ガス排出信号に排出量オフセット信号を加え、排出量を調整した後の調整後排出信号を得て、そして調整後排出信号によりガスを排出する。

 

 引用文献1には、基準排出量により基準ガス排出信号を作成し、また基準ガス排出信号によりガスを排出する技術案が開示されている。

 

 引用文献2に無線信号の強度を調整する方法が開示されている。具体的には、第一信号の送信パワーにオフセットを加え、調整後の第2信号の送信パワーを取得する。


 審査官甲は、本願の技術案と引用文献を読み込んだ後、以下の見解を述べた。引用文献1に、基準は排出量により基準ガス排出信号を作成する技術案が開示されており、また引用文献2に、信号にオフセットを加える技術案が開示されているため、引用文献2の技術的特徴と引用文献1の技術案とを組合わせれば、即ち、引用文献2の技術的特徴により引用文献1の基準ガス排出信号にオフセットを加えれば、本願の技術案を得ることができる。


 審査官甲の一部の判断過程は下記の通りである。


 本願と引用文献1との区別的技術案は、「基準ガス放出信号に放出オフセット信号を加え、放出量が調整された調整後放出信号を得、調整後放出信号によりガスを放出する」ことである。信号にオフセットを加えるため、上記区別的特徴が解決する技術課題は「如何に信号の値を調整するか」ということである。一方、 引用文献2には、信号パワーにオフセットを加える技術的特徴が開示されている。この技術的特徴が解決する技術課題も「如何に信号の値を調整するか」ということである。


 2つの引用文献が解決する技術的問題は同じであるため、当業者は、引用文献2の技術的特徴を用いて同じ技術的問題を解決し、引用文献1の技術案を結びつけ、本願で保護を求める「基準ガス放出信号に放出オフセット信号を加え、放出量が調整された調整後放出信号を得、調整後放出信号によりガスを放出する」という技術案を取得することができる。


 その結果、審査官Aは、本願技術案が自明的であり、進歩性を有していないと判断してしまった。

 

 弁理士乙は、本願の技術案が進歩性を有していないという結論に対して、以下の疑問を抱いた。

 1.区別的特徴が解決する技術課題が「如何に信号の値を調整するか」ということである判断は正しいですか?

 2.引用文献2の技術案における信号パワーにオフセットを加える技術的特徴が解決する技術課題が「如何に信号の値を調整するか」ということである判断は正しいですか?

 3.当業者は、引用文献1と2を組み合わせることにより、本当に本願の技術案を得ることができるでしょうか?


 弁理士乙は、各質問について次のように分析した。


 質問1:審査官Aが確定した技術課題はあまりにも大雑把であり、本願の技術案が背景技術に対してどのような改善を行ったかを反映しておらず、区別的特徴が解決する技術課題ではない。


 「基準ガス放出信号に放出オフセット信号を加え、放出量が調整された調整後放出信号を得、調整後放出信号によりガスを放出する」という区別的技術的特徴は、確かに「如何に信号の値を調整するか」という技術課題を解決した。しかしながら、本願の技術案を結び付けて、当該区別的技術的特徴が実際に解決する技術課題が「如何に信号の値を調整するか」ということであると判断できるものであり、これは、区別的技術的特徴が本出願で実際に解決した技術課題であるが、その目的は必要な量によりガスを排出することであり、大雑把な「如何に信号の値を調整するか」ということではない。

 

 質問2:引用文献2の技術的特徴が解決する技術課題は「上位化」された。引用文献2の技術案において、「第1信号の送信パワーをオフセットを加えることにより調整された第2信号の送信パワーを得た」という技術的特徴が解技する技術課題は、実際には「如何に信号の送信パワーを調整するか」ということである。オフセットを加えることが信号パワーを調整する「手段」に過ぎなく、その実際な目的は、信号送信パワーを節約し、信号伝送の品質を確保することである。


 質問3:上記の分析から、当該区別的技術的特徴と引用文献2に開示された技術的特徴は異なる技術課題を解決することが分かるので、当業者は引用文献2に基づき、 引用文献1と引用文献2とを組み合わせる動機がなく、更に本願での技術案を得る可能性もない。


 弁理士乙の推論の正確性について、次のように検証することができる。

 

 業者が引用文献1と引用文献2の技術案とを組合せば、本当に本願の技術案を得ることができるのでしょうか?


 引用文献1に記載の「基準ガス放出信号」を、引用文献2に記載のオフセットを加えられる「第1の信号」とすることができると想定すれば、当業者は、引用文献2の技術案に基づいて、「基準ガス放出信号」の送信パワーにオフセットを加え、また調整された信号によりガスを排出する。この場合、調整された信号はオフセットを加えられたが、ガスの排出量ではなく、信号のパワーが調整された。言い換えれば、「基準ガス放出信号」は、より大きな又はより小さなパワーで送信されるため、送信側は、例えば、より効率的に信号を送信でき、或は、受信側はより簡単に当該信号を受信できるが、本願技術案のように、ガスの排出量を調整することができない。


 したがって、引用文献1と2の技術案とを組み合わせても、本願の技術案を得ることができず、また本願の技術案が解決する技術課題を解決することもできない。即ち、本願の技術案は自明的ではない。よって、審査官甲の「本願の技術案に進歩性を有していない」という判断は誤っている。


分析

 技術案の技術的特徴が解決する技術課題を確定する際に、合理的な範囲内で解決しようとする技術課題を確定し、技術課題の範囲を拡大しないように、本願の区別的特徴である技術案により達成される目的を明確にする必要がある。


 引用文献に区別的技術的特徴の技術示唆が開示されているか否かを判断する際にも、合理的な範囲内で当該特徴が解決する技術課題を確定する必要がある。

両方の解決する技術課題とも広すぎるように判断されると、その範囲がお互い重複になり、「両方が解決する技術課題は同じである」というように誤解される可能性があるため、結局、引用文献の区別的技術的特徴に開示された技術示唆に対する判断に齟齬が、本願の技術案の進歩性を過小評価してしまう。

 

まとめ

 技術案の進歩性を判断する際に、発明を行った時に発明者が直面する技術的問題を分析し、「当業者」の観点から当該技術案の区別的技術的特徴が解決する技術課題を確定すべきである。当該区別的技術的特徴が解決する技術課題は、広すぎるように判断されるものではない。そうでなければ、当該技術案の進歩性に対する判断に齟齬が生じる恐れがある。

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