特許権侵害に対する損害賠償額の認定に関わる幾つかの特別な状況
時間: 2023-06-30 胡一村 宋鳴鏑 アクセス数:

 我が国における特許侵害紛争の司法実務においては、長い間、損害賠償額の計算が難しく、賠償額が明らかに低すぎるという共通の問題が存在していた。

 

 統計によると、我が国の特許侵害に対する損害賠償額は、特許出願に対する技術投資に比べてはるかに低い。つまり、侵害の代価が研究開発のコストよりも低い。これは、イノベーションの促進に極めて不利である。

 

 したがって、どのように特許侵害に対する損害賠償額を合理的に決定するかという問題の解決は、司法実務において急務となっている。


 2020年版『特許法』には、悪意による侵害者に「懲罰的損害賠償」を適用することが定められており、その賠償額が通常賠償額の1~5倍[1]に設定されている。また、「法定賠償額」が「3万元~500万元」[2]に引き上げられた。さらに、権利者が最善を尽くして立証を完成した場合、損害賠償額の決定に関わる「立証責任」が被疑侵害者に移される[3]

 

 これらの措置は特許権者の法的権利の保護に役立つが、司法判断において法の適用や解釈が異なる状況は存在している。

 

 本稿では、判例をもちながら賠償額の決定について分析し、侵害判断の法則を探求する。


 1.侵害者が宣伝で披露した実績は、損害賠償額の計算根拠として使用されている[4]

 ある判例において、被疑侵害製品は被疑侵害者が積極的にプロモーションしていた第3世代のポイントアンドマウント設置技術製品の部品であり、2017年には被疑侵害者はその累積施工面積が200万平方メートル以上に達したと宣伝した。さらに、2019年2月24日、被疑侵害者の副総経理はWeChatモーメントを通じて第3世代点吊り建設プロジェクトを宣伝、展示した。最終に、裁判所は権利者が主張した250万元の賠償額を全額で支持した。


 最終の賠償額から見ると、裁判所が、被疑侵害者の主張した累積建築面積が200万平方メートルに達しているという事実を考慮したことがわかる。さらに、権利者が主張した1平方メートル当たりの被疑侵害製品が約5本であるという事実も総合的に考慮し、特許製品の平均販売価格は 3 元以上であることにより、権利者が主張する 250 万元の賠償額に基づいて計算した利益率は約 8% であり、妥当な範囲内であると判断した。


 被疑侵害者の主張によると、その宣伝データが誇張された可能性がある。しかし、被疑侵害者が実際の建設量を証明する有効な反証を提出できなかったため、裁判所はその宣伝した実績を認め、損害賠償額の計算根拠とした。さらに、被疑侵害者の生産・営業規模、侵害期間、侵害範囲、侵害意図の主観的傾向などを総合的に考慮した上、権利者の250万元の賠償額を全額で支持する判決を下した。これは、関連法律規定および裁判論理の常識に適合している。


 ここで注意すべきところは、宣伝を行う際、事実に基づいたほうが良く、過度に誇張すると業績が向上する可能性があるが、経営上のリスクももたらすため、将来、競合他社に証拠として利用される恐れがある。


 2.損害賠償額の認定は公正かつ合理的であるべきであり、特別な場合により、法定賠償額の上限または下限に制限されない [5]

 もう一つの判例において、上訴人は、一審判決[6]で定められた賠償額が法定の下限を下回り、特許法第65条の規定に適合しない理由で、賠償額を法定賠償額の下限である1万元[7]に変更するようと請求した。しかし、最終的に二審裁判所は、侵害者が侵害による利益に基づいて2,000元の賠償額を決定したのは不適切ではないと判断し、上訴を却下し原審判決を維持した。

 

 具体的な判例の分析から見ると、二審裁判所は、被疑侵害製品の販売による被疑侵害者の利益がわずかであること、侵害期間が短いこと、被疑侵害者の主観的過失が大きくないこと、侵害情状が深刻でないこと、現地の経済発展レベルが高くないことなどを総合的に考慮したことがわかる。よって、2,000元の賠償額は実際の状況に適合しており、法的要件も満たしている。


 「特許法」には法定損害賠償の上限と下限が定められているが、それは裁判官が事件を判断する際の制限になるべきでない。賠償額を決定する際に、権利侵害による権利者の実際の損失や被疑侵害者の利益を優先的に考慮すべく、侵害による利益の判断が困難な場合にのみ法定賠償額を適用する。特別な状況において、法定賠償額の最高額と最低額のみに基づいて判決を下すと、その判決に偏りが生じる恐れがある。


 法定の損害賠償額のみに基づいて裁決する場合、小売業者を一括で訴えることで得られる利益の合計は、供給元メーカーを訴える場合に得られる利益よりもはるかに大きい可能性があり、権利者に多大な利益をもたらす可能性がある。一方、経済力の弱い端末小売業者にとっては、売上が低い割に賠償額が高いため、明らかに合理的ではなく、社会不安を増大させる。したがって、これらの事情を総合的に考慮すれば、法定賠償額を機械的に適用すべきではないと思われる。そうしないと、さらに他の問題をもたらす可能性がある。

 

 上記 2 つの判例から見ると、損害賠償額を決定する際には、特許権の革新性の高さや侵害情状の深刻さ等を考慮した上、その革新と貢献の程度に適応する保護の範囲と強度を合理的に決定する必要がある。このように、イノベーションを促進し、意図的な侵害を制裁し、公正かつ秩序ある市場競争環境を維持することができる。


参考資料

[1] 故意に特許権を侵害する悪質な侵害者に対しては、通常計算される賠償額の1~5倍の懲罰的損害賠償を適用する。

[2] 侵害による権利者の損失と侵害者の利益を確認することが困難な場合、裁判所は、特許権の種類、侵害の性質及び情状等に応じて、賠償金を「10,000元~1,000,000元」から「30,000元~5,000,000元」まで引き上げることができる。

[3]権利が最善を尽くして立証した場合、人民法院は賠償額の証明に関する立証責任を被疑侵害者に移行する権利を有する。

[4] (2021)最高法知民終1066号

[5] (2020)最高法知民終376号

[6] 2019年10月21日付の一審判決:晨曦通訊部は本件訴訟に関わる特許を侵害した自撮り棒製品の販売を直ちに中止し、源徳盛公司に経済的損失と合理的な支出2,000元を支払う。

[7] その時点で適用された法律は2008年に改正された特許法である。


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