特許無効審判手続におけるクレームの補正が侵害訴訟の判決への影響
時間: 2023-03-01 呉孟秋 アクセス数:

 2017年の「専利審査指南」により、特許無効審判手続における特許権者のクレームを補正する方法を調整し、クレームの補正に関わる制限が緩和された。即ち、「通常、クレームの削除又は合併、技術案の削除に限定される」から、「通常、クレームの削除、技術案の削除、クレームの更なる限定、および明らかな誤りの訂正にに限定される」に改正された。

 

 そのうち、「クレームの更なる限定」の補正方法とは、クレームの保護範囲を狭めるために、他のクレームに記載の一つ又は複数の技術的特徴をクレームに追記することをいう。


 このような場合、無効審判手続において補正されたクレームが元の特許公報に記載されていないことになる。


 それで、侵害訴訟において、一審で裁判官は特許権者が請求した特許公報における特定のクレームに基づいて侵害を認定し、また対応する法的賠償責任を負うという判決を出したが、その後の無効審判手続で権利者が上記クレームを補正し、特許の有効性を維持するために、一審で請求した従属クレームに含まれていない付加的技術的特徴を追記した場合、元の特許公報に記載されていないこの補正後のクレームをもって、クレーム補正前の侵害行為を主張することができるか?さらに、侵害であると認定された場合、そのクレームの補正が賠償責任に影響があるか?


 本稿では、最高人民法院の特許侵害に関わる二審判例をもって、上記の質問を検討する。


判例概要[1]

 台州朗進縫紉機電有限公司(原告、以下、「朗進公司」)と浙江南邦科技有限公司(被告、以下「南邦公司」)との実用新案権侵害訴訟において、朗進公司がクレーム1、2、7の保護を請求した。2019 年 2 月 21 日の法廷審理の後、浙江省寧波市中級人民法院は2019 年 6 月 20 日に(2018)浙 02 民初1956 号民事判決を下した。


 判決の内容:南邦公司が被疑侵害製品の製造と販売を直ちに停止し、朗進公司に23万元の経済的損失と、侵害の調査と抑制にかかった 5万元の合理的な費用、合計 28万元を賠償する。


 南邦公司が上記一審の判決を不服として、最高人民法院に上訴した。

 

 また、一審の判決が下される前に、案外者は、2019年4月1日に国家知識財産権局に無効審判請求を提起した。無効審判において、特許権者は2019年5月21日にクレームを補正し、元のクレーム7に記載の一部の付加的技術的特徴と元のクレーム9の全ての付加的技術的特徴を元のクレーム1に追記し、新たな独立クレーム1を形成した。また、2019年7月26日に特許請求の範囲の修正ページを提出した。国家知識財産権局は、2019年8月12日に第41362号無効請求審査決定を下し、本件特許の一部のクレームが無効であることを宣告し、特許権者が2019年7月26日に提出した修正後のクレーム1~9に基づいて、本件特許の有効を維持した。


 二審において、南邦公司は下記のように主張した。被疑侵害製品が補正前のクレーム1、2、7の保護範囲外であるため、侵害にならない。また、無効審判において、朗進公司が民事侵害訴訟で権利主張の根拠としたクレーム(補正前のクレーム1、2、7)を自発的に放棄し、しかも国家知識産権局に認められたため、特許権侵害訴訟でそれらのクレームを改めて特許保護範囲に入れてはならない。さらに、一審判決の賠償額が高すぎる。


 最高人民法院は、新たなクレーム1に追記された元のクレーム9の全ての付加的技術的特徴について、朗進公司が一審で主張しなかった理由で、審理をしなかった。


 上訴人は、被疑侵害製品と本件特許の補正前のクレーム1、2、7との相違点が「固定フレーム」「送りガイドレール装置」「スライド機構」「結び目感知メカニズム」の4点のみにあると主張し、被疑侵害製品に含まれたその他の技術的特徴に異議がない。


 また、上訴人は、被疑侵害製品と本件特許の補正後のクレーム1、2、7との相違点が「固定フレーム」「送りガイドレール装置」「スライド機構」「結び目感知メカニズム」「前記支持フレームの後端に水平ガイドレールが接続されており、前記水平ガイドレールに推進シリンダーが配置されており、前記推進シリンダーが押すことにより支持フレームを前後に動かせる」5つの技術的特徴だけにあると主張した。


 したがって、被疑侵害製品は、本件特許の補正後のクレーム1、2、7の保護範囲内である限り、必ず本件特許の補正前のクレーム1、2、7の保護範囲内である。


 最高人民法院は審理を経て、下記のように判断した。南邦公司の被疑侵害製品に使用した技術案の技術的特徴が、補正後のクレーム 1、2、7 の保護範囲内であるため、南邦公司が侵害責任を負わなければならない。但し、具体的な賠償額が調整する必要がある。


賠償額の調整理由と根拠

 本件特許の登録日から、国家知識産権局が権利確定手続における権利者の特許請求の範囲を補正する方法を調整した日まで、公衆は、自社がある技術案を実施する際に本件特許の保護範囲内になることを回避するために、補正前の特許請求の範囲によって決められた保護範囲に基づて、元の権利確定手続における補正原則と方法により、本件特許を補正することで得られるクレームによって決められる保護範囲を予測していた。一方、本件当事者の被疑侵害行為は、補正前のクレーム1の保護範囲内であれば、補正前のクレーム1が放棄又は無効された後、補正後のクレーム1の保護範囲内であることはあり得ない。よって、特許権確定手続きにおける権利者の特許請求の範囲に対する補正は、その後の侵害訴訟で社会公衆にとって不公平になる可能性がある。


 特許法の究極目的は社会公益を保護することである。したがって、特許制度における「特許開示による保護の原則」に基づくものであろうと、「権利者と公衆の利益の均衡の原則」に基づくものであろうと、特許権者は特許情報を十分に開示し、公衆は特許権者によって開示された情報を完全に信頼すること(特許情報の公示・公信)により、特許権者と公衆の利益均衡を達成することは望ましい。


 但し、特許出願文献の作成が難しいことに加え、特許出願人又は代理人の表現力と認知能力が限れたこともあるので、文言上の表現と方式的な問題、又は技術に対する不正確な理解が生じることがある。


 先行技術や発明などに対する理解の向上に伴い、特に侵害紛争や権利確定手続において、出願人は発明や先行技術に対する新たな理解に基づいて特許請求の範囲や明細書を補正する必要があることが多い。


 だからこそ、特許権確定手続における特許権の補正方法に「クレームの更なる限定」を追加した。


 しかし、「クレームの更なる限定」という補正方法によれば、特許情報開示の有効性を確保するために、特許情報開示の安定性がある程度犠牲になり、これまでの特許情報開示の信頼性がある程度損なわれるため、補償する必要がある。


 イノベーションを促進するために特許権者による情報開示はあくまでも本来すべきことである。そのため、本件のような状況では、「クレームの更なる限定」の補正方法による特許先願制度の価値の減価や特許情報開示の信頼性の低下を軽減または解消する必要がある。


 したがって、特許権者が特許権利確定手続きにおいて、「クレームの更なる限定」の方法で元のクレームを補正し、その補正後のクレームに限定された技術案が元の従属クレームの保護範囲内ではないが、依然として元の独立クレームの保護範囲内であり、国家知識産権局が当該補正後のクレームに基づいて特許権の有効性を維持する場合でも、無断で当該補正後のクレームの技術案を実施する行為は特許権侵害になり、賠償責任を負わなければならない。但し、特許権保護と公衆利益との間のバランスを取るために、上記特許権の有効性を維持する行政決定が下される日の前に発生した侵害行為に対して、適切に賠償額を低減することができる。


最終判決

 本件において、被疑侵害製品の製造、販売が全て本件特許の補正後のクレームが確定される前に発生したため、「南邦公司は、この前に製造、販売した本件特許の補正後のクレーム1、2、7の保護範囲内である製品が侵害製品であり、直ちに侵害行為を停止し、朗進公司の経済的損失と合理的な支出を合計5万元支払う」という判決が下された。


まとめ

 上記判例から見ると、無効審判手続で「更なる限定」の方法により補正されたクレームは、元の特許公報に記載されておらず、その限定された技術案が元の従属クレームの保護範囲外であるが、元の独立クレームの保護範囲内である。そのため、補正後のクレームの技術案を無断で実施する行為は、依然として特許権侵害と見なされる。この場合、侵害行為の実施者は、直ちに侵害を停止し、賠償責任を負わなければならない。


 但し、この場合の賠償責任について、「クレームの更なる限定」の方法によって補正されたクレームは元の特許公報に記載されていなことは、特許情報開示の信頼性をある程度低下させる。そのため、その「更なる限定」の方法で補正されたクレームが無効決定で確認される前の侵害行為に対して、適切に賠償額を低減すべきである。最高人民法院は二審で、賠償額を寧波中級人民法院が判決した28万元から5万元まで低減した。


 総じていえば、「更なる限定」の方法で補正された元の特許公報にないクレームは、二審で依然として侵害であると判定されたが、特許権者が得る賠償額に大きな影響を与えた。


参考資料

[1](2019)最高法知民終369号判決書


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